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南米's diary

2016年9月〜2017年3月頭まで南米を旅する無職な二人の愉快な日記。

南米から帰国して、私は……

Hola! 日本に無事(?)帰国して約3週間がたとうとしています。前回のブログで「もうこれ以上は何も起こりませんように!」と願いましたが、きっと皆さんの願いの力が足りなかったために(人のせい)、手荷物に入れていたカメラの望遠レンズの保護レンズがなぜか粉々に割れていたり、バックパックに縫い付けていたパラグアイの国旗が跡形もなくなくなっていたりと、悲しい出来事が発生しました。最後までなにかがある旅でしたね……。

帰国してからの約3週間は、バイクの免許を取ったり、映画を観たり、本を読んだり、部屋を片付けたり、バイトをしたり、そんな感じでした。日本にいるとなんだか時間が早く過ぎ去ってしまうと実感しています。南米での滞在を長期的視点で見れば早く過ぎ去っていった半年間でしたが、一日単位で見るととても長い時間を過ごしたように思います。毎日がのんびりしていてよかった。のんびり最高。

そうそう、長期の海外旅行から帰国した際には、三食付きの免許合宿に行くといいと思います。毎日おいしいご飯が三食も食べられて本当に幸せでした。いつもご飯三杯分くらい食べていました。あの時は、おいしいご飯を食べるために毎日生きていたといっても過言ではありません。まりあたんの手料理もおいしかったのですが、やはり久しぶりに食べた、日本の食材で作った日本食は本当にもう涙が出るほどおいしかったです。

さて、約半年間の南米での生活を経て、思ったことがあります。それは、「人ってそんなもんだよな」ってことです。諦めです。それは、諦めの気持ちです。良い意味での諦めです。海外で出会った人たちや、日本にいる人たちとのつながりを通して、実感しました。人って完璧じゃないんだなって。笑えるほど、涙が出るほど、不完全だなって。

私にとっての旅とは、自分と向き合う時間のことです。「旅に出たら世界が変わる!」なんて言うつもりは1ミリもないです。旅に出ただけで世界が変わったら、今の私はきっととてもハッピーで毎日楽しく過ごしていることでしょう。帰国して本当に幸せだと思ったのなんて、免許合宿でおいしいご飯を食べていた時だけじゃないですかね。ささいな幸せはもうちょっとありますけどね。

もっと人間ラブになりたいし(今はライクかな)、自分自身のことも良くしていきたい〜。前まではすごく生き急いでいたけど、今はもうゆっくりでいいやって感じですね。いつまで生きるのかわからないけど、ゆっくり生きられればそれでいいですね。そう言いつつも、4月からはせわしなく動くと思いますが(笑)。

そういえば、昨日、『淵に立つ』を観てきました。浅野忠信演じる八坂が「自分が罪を犯してしまったのには四つの理由があります」と言い、その四つの理由を話し始めました。一つ目と二つ目が「約束は絶対。たとえ、法を犯しても守らなければならない」「他人もそういった価値観で生きていると思い込んでいた」でした。それらは私の中にもある偏った考えとも通じます(法を犯してまで、とは思っていませんが)。先ほど書いた「南米で諦めの気持ちが生まれた」というのは、日々の生活の中でそういった偏った考えが少しずつほぐされていった結果です。

私は約束を死ぬまで守るけど、他人はいとも簡単に約束を破る。私は人に執着するけど、他人はいとも簡単に人との関係を捨てる。私と他人は違う人間だから当たり前のことですが、今までの私は自分の価値観と同じ価値観を他人も持っているものだと心のどこかで思っていたのかもしれません。だからたとえば、誰かに約束を破られたら悲しくなったり怒りの感情がわいたりしていました。自分勝手な考え方をするのはやめよ〜〜〜〜〜〜〜。人間はみんな違うんや〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

てことで、空港で生き別れたまりあたんに先日会ったのですが、南米で一緒に暮らしていたことが異色の過去の思い出となったことを実感しました。過去の思い出は大事にしまっておいて、二人とももう次を見ている〜〜〜〜はず! 二人ともここからさらに頑張ります〜〜〜〜〜! あでぃお〜〜〜す!(って、長い別れの時に使う単語だから普段はあまり使わないよ〜ってこの間まりあたんに教えてもらったけど、このブログで多用してきちゃったよ〜〜〜〜! このブログはこれからどうなることやら! 次回に続く!)

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